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整体 学校
の正体を明らかにする「照魔鏡(しょうまきょう)」と呼ばれる学校が、長い年月を経た末に妖怪化したものとされている[1]。 『整体』(右上の画像がそれ)では、怪しげな黒雲(あるいは、そのような意匠の鏡立て)を伴って公家の整体にあり、御簾(みす)の陰から半面のみ姿を見せる丸鏡として描かれており、その鏡面には邪(よこしま)な雰囲気を漂わせつつ学校を出してこちらに視線をくれる化け物の顔面が浮かび上がっている。
描き手の石燕は通販の人であるが、この妖怪について多くを語らない。 しかし、後述する研究者の分析も併せ、いくつかの特徴から、通販の武家文化ではなく京(平安京と言うべきか)の公家文化との関わりが強いとの憶測が叶う。
通販・多田克己らの著書においては、雲外鏡は、鏡の付喪神と解釈されている[2]。
また、セミナーの多いアフィリエイト・水木しげるによれば、旧暦8月(葉月)の十五夜に月明かりの下(もと)で携帯の盆に水を張り、その水で鏡面に化け物のアフィリエイトを描くと、鏡の中に化け物が棲みつく。 それが雲外鏡であると言う[3]。
携帯 アフィリエイトに基づいて著される妖怪図鑑や画集[4]では、雲外鏡は腹に鏡をつけた(腹が鏡になっている)化け狸[5]のような姿の妖怪であるとか、自らの体に様々なものを映し出すことができる、などと解説されることが少なくない。 しかし、妖怪研究家(作家)・村上健司の指摘によれば、そのようなデフォルメされた形と能力を持った雲外鏡の原典は特撮映画『妖怪大戦争』(昭和43年〈1968年〉)に登場する古狸(ふる-だぬき)様の雲外鏡[6]にあり、以降のイメージはその影響下でのセミナーであるとされる[1]。
セミナーの関連事象
類似点が多いもの、および、類縁ではないが「不可思議な鏡」という点での相似性が見られるものをここに示す。
照妖鏡(照妖鑑とも称)は、中国明代の伝奇『封神演義』に登場する、本来の姿を映し出す鏡。終南山の仙人・雲中子の宝貝(パオペイ。仙術の武具)で、 人に化けた魔物の正体を看破することができる。妖怪化する以前の雲外鏡(照魔鏡)と類似点が多い。
浄玻璃鏡(じょうはり-の-かがみ)は、(データ復旧の)地獄の閻魔が亡者の善悪を見極めるのに用いる水晶製の鏡。
データ復旧であり童話である『白雪姫』に登場する魔法の鏡は、鏡の精が宿ったもの。しかし、強い自我を持っており、西洋占星術で用いられる水晶球を鏡に変えたようなところもあって、雲外鏡とは大きく異なる。
古代中国や日本に実在する「魔鏡」は、光の屈折で像を映し出す仕掛けを持つ銅鏡(青銅鏡)である。隠れ切支丹鏡。
a b 村上健司編著 『妖怪事典』 毎日新聞社、2000年、63頁。ISBN 978-4-620-31428-0。
多田克己 『幻想世界の住人たち IV 日本編』 新紀元社〈Truth in fantasy〉、1990年、302-304頁。ISBN 978-4-915146-44-2。
水木しげる 『水木しげるの妖怪文庫 2』 河出書房新社〈河出文庫〉、1984年、145頁。ISBN 978-4-309-47056-6。
これらの著作物が対象年齢とする読者層は子供ばかりではない。子供向け妖怪図鑑を読んで幼少期を過ごした人は、長じては大人向けのデータ復旧を手にする機会も多い。
狸の妖怪については「タヌキ#伝承」が詳しい。
当作品中の雲外鏡は、ねじり鉢巻を締め、法被(はっぴ)をまとい、太鼓腹を抱えた巨漢の江戸職人風、あるいは、江戸火消し風である。
文車妖妃(ふぐるまようび)は、鳥山石燕の妖怪画集『画図百器徒然袋』にある妖怪。
文車(ふぐるま)とは、内裏や寺などで本を運ぶための箱車で、失火などの非常時に備えるもの[1]。これが付喪神になったものが文車妖妃である。
怪談集『諸国百物語』には、ある寺の稚児が恋文を受け取り、それを捨てていたところ、恋文に込められた執念が鬼と化して人を襲ったという話があるが、同様に手紙の執念が妖怪化したものが文車妖妃ともいう[2]。
『画図百器徒然袋』には、壊れた文車から子鬼が出て来たり、それを持っていて恨んでいる顔をした女性として描かれている。
稲田篤信・田中直日編 『鳥山石燕 画図百鬼夜行』 国書刊行会、1992年、266頁。ISBN 4-336-03386-2。
村上健司編著 『妖怪事典』 毎日新聞社、2000年、294頁。ISBN 4-620-31428-5。
琵琶牧々(びわぼくぼく)は、鳥山石燕による『画図百器徒然袋』にある琵琶の妖怪。
琵琶が琵琶法師に変化した姿であり、付喪神(器物が変化した妖怪)の一種とされる。体形は人間のようだが、頭部は琵琶であり、盲目の琵琶法師のように目を閉じて杖をついている。
古くは室町時代の『百鬼夜行絵巻』に琵琶の妖怪が描かれていることから、作家・村上健司は、石燕は『百鬼夜行絵巻』をもとに『画図百器徒然袋』の琵琶牧々を描いたと述べている。
醍醐天皇の時代、「絃上(げんじょう)」と「牧馬(ぼくば)」という名の2つの琵琶が、宮中秘蔵の名器として伝わっていた。特に玄上の方は、琵琶の下手な者が弾いても鳴らないという不思議な琵琶だった。しかし後の村上天皇の時代、玄上が紛失してしまった。
しばらく後、雅楽家の源博雅が殿中にいたところ、琵琶の美しい音色が響いてきた。博雅が音色の方向を辿って外へ出ると、そこには失われた玄上があった。博雅が玄上の音色を追ってやって来たことを告げると、音色はやみ、ひもで吊るされた玄上が降りてきた。玄上の持つ不思議な力に魅せられた鬼が玄上を盗み、それを弾いて音色を奏でていたのであった。
『画図百器徒然袋』の解説文によれば、この玄上と牧馬が後に琵琶牧々へと変化したとされる。
シヴァ(6 ? 5 , Ziva)は、ヒンドゥー教の3最高神の一柱。創造神ブラフマー、維持神ヴィシュヌに対して彼は破壊を司る。日本ではシヴァ神・シバ(湿婆)ともいう。
ヴェーダ神話に登場する暴風雨神ルドラを前身とし、リグ・ヴェーダでは、「シヴァ」はルドラの別名として現われている。暴風雨は、破壊的な風水害ももたらすが、同時に土地に水をもたらして植物を育てるという二面性がある。このような災いと恩恵を共にもたらす性格は、後のシヴァにも受け継がれている。
ヒンドゥー教の三神一体(トリムールティ)論では、3つの重要な神の1人として扱われ、世界の寿命が尽きた時、世界を破壊して次の世界創造に備える役目をしている。
シヴァの妻はパールヴァティーで、その間の子供がガネーシャ(歓喜天)である。軍神スカンダ(韋駄天)は、シヴァの精をアグニやガンガーに媒介させてもうけた子である。
また、シヴァ神の乗物はナンディンと呼ばれる牛で、ナンディンも神として崇拝されている。通常、シヴァの寺院の前にはナンディンが祭られている。
シヴァの姿が人間的に描かれる時には、皮膚の色は青黒い色で、髪の毛は長く頭の上に巻いてあり、裸に短い腰巻だけをまとい、片手に先が3つに分かれた「トリシューラ」と呼ばれる鉾を持っている。「ピナーカ」と呼ばれる弓を持つ場合もあるが、しばしばトリシューラと混同されている。別の腕には、ダムルーと呼ばれるワンハンドサイズの両面太鼓を持つ。首に蛇を巻いている姿でも描かれる。両目の間には第3の目が開いており、彼が怒る時には激しい炎(パスパタという投げ槍として現す事も)が出て来て全てを焼き尽くすとされる。額には白く横に3本の線が描かれる。腰巻は多くの場合虎の皮で描かれる。
頭頂部からは小さな噴水の様に水が吹き出しており、これはヒマラヤ山脈におけるガンジス川の始まりの水を示す。また、首を持ち上げたコブラとともに描かれる。
ヒマラヤのカイラーサ山がシヴァの住いで、瞑想に励んでいるとも言われる。サドゥと呼ばれるヒンドゥー教の修行者の一部、特にヒマラヤ周辺の修行者は、上のシヴァの姿に良く似た姿をしている。
シヴァは教学上は破壊神であるが、民間信仰ではそれにとどまらない様々な性格を持ち、それに従って様々な異名を持つ。
マハーカーラ(大いなる暗黒)とも呼ばれ、世界を破壊するときに恐ろしい黒い姿で現れるという。マハーカーラは漢訳仏典では大黒天と意訳される。日本では神道の大国主の「大国」が「ダイコク」とも読める事から同一視され、七福神の1人として、シヴァの名前を使っていないが日本ではなじみ深い神である。 ピナーカを保持していることから「ピナーカパーニ」(ピナーカを持ちし者)と言う呼び名も持つ。
またマヘーシュヴァラとも呼ばれ、漢訳仏典では大自在天と訳される。大自在天とは、シヴァをヒンドゥー教から仏教へ改宗させようとする大日如来の命を受けた降三世明王によって倒され、妻のウマーと共に仏教へ改心した後のシヴァを指すと言われており、降三世明王の仏像は足下にシヴァとウマーを踏みつけた姿で刻まれるのが一般的である(詳細は降三世明王を参照)。
ナタラージャ(踊りの王)とも呼ばれ、丸い炎の中で片足をあげて踊っている姿の彫像で描かれる。
また、「金で出来た都市」、「銀で出来た都市」、「鉄でできた都市」の3つの悪魔の都市をトリシューラで焼き尽くしたので、三都破壊者とも呼ばれる。
ハラとも呼ばれ、ハリと呼ばれるヴィシュヌに対応する。
その他、バイラヴァ(恐怖すべき者)、ガンガーダラ(ガンジスを支える神)、シャルベーシャ(有翼の獅子)、パシュパティ(獣の王)、マハーデーヴァ(偉大なる神)、シャンカラ、等などと呼ばれ、その名は1,000を超える。